ティン王国の王子が侍女のティンティンを弄っている間に、少しだけ「惑星マサクーン」、及び「ティン王国」に付いて説明したい。
惑星マサクーンは、元・地球人の神が「俺流ファンタジー」を企図して創造した、神(人)工惑星である。
造物主が「元・地球人」であるが故に、マサクーンにも地球と同じく「海」と「陸」が有った。星の七割を占める大海「リバイアス」。そのど真ん中に鎮座する大陸「アゲパン」。
海と陸には、それぞれの環境に適した生物が住んでいる。その中で、万物の霊長である人間種はと言うと、殆どが陸、アゲパン大陸に住んでいた。
アゲパン大陸には、人間種が建てた様々な国が有った。その中に有角人の国、「ティン王国」が有った。
ティン王国は、他国から「辺境の大国」と呼ばれていた。その異名は伊達ではなかった。王国には「異名を保証する好条件」が幾つか有った。ティン王国は、アゲパン大陸の北東部、北の際に位置している。そこには「ピタラ」と呼ばれる峻険な山脈が有った。それを超えて海に出ることは至難の業。逆に海から大陸に上がるのも至難の業だった。
神が創りし天然自然の城壁ピタラ山脈。その山裾には「モリッコロ」と呼ばれる大森林地帯が有った。それがティン王国の領土だった。ティン王国の地理的好条件は、中世日本の鎌倉幕府を彷彿とする。
マサクーンに住む人間種の文明レベル「地球の中世期」で停滞中である以上、王国には「絶対無敵」と言えるほどの地の利が有った。
しかし、他国視点で「最も厄介」と言える要素は、地の利ではなく、ティン王国の国民、「ティン族」だった。有角人であるティン族は、その額に生えた角、「ティン」に不思議な力、「ティン力」を宿している。
ティン力がティン族に「他種族を圧倒する戦闘力」を与えていた。その優位性を、ティン族達は良く心得ていた。彼らはティンを崇め、敬い、拘った。
取り分け執着していたティン要素は、「大きさ」だった。
何故ならば、ティン力の出力の大きさ(威力)はティンの「大きさ」に比例していたからだ。その事実は、ティン族にとって僥倖ではあった。しかし、同時に「差別」と言う呪いをもたらしていた。
「ティンのデカさこそが、人の優劣を決める絶対的な基準」
所謂「ティンのデカさ至上主義」。これを体現し、強力に推奨したのが建国の王、初代ティン王国国王「オーティン・ティン」だった。
オーティンのティンは並外れてデカかった。他のティン族は「指」程度なのだが、彼のものは「大人の手」程の大きさが有った。「俺のティンは誰よりもデカい。誰よりもデカいが故に、俺は誰よりも強い。誰よりも強いが故に、俺は誰よりも偉い。だから、俺こそが王に相応しい」
オーティンは「ティンのデカさ」を根拠として王となった。この話を他国の者が聞いたなら、「そんな馬鹿な」と呆れるだろう。
しかし、ティン族にとって、ティン力は彼らの優位性を示す唯一無二の特殊能力なのだ。その恩恵を無視することは難しい。ティン族に与えられた「ティンのデカさ至上主義」という呪いは、オーティン王の誕生によってティン王国の国是となった。
王国内では「よりティンのデカき者」がもてはやされ、「より小さき者」が軽んじられるようになった。差別は人を不幸にする。ティンの小さき者にとって、ティン王国は地獄だった。
「こんな小さなティン(或いはティンティン)じゃ、もう生きていられませんっ」
ティンのデカさ至上主義がもたらした精神的苦痛は、国家と国民との信頼関係に深刻な亀裂を生じさせていた。放置すれば、何れ国家崩壊の憂き目に遭う。その可能性を想像した者は存外に多い。その中に、(幸いにして)王国の為政者達も含まれていた。
そもそも、王国存亡の危機を回避する舵取りができる者は、為政者達を措いて他に無い。その「筆頭」と言うべき存在が、オーティンの子孫であるティン王家の人間、王族だった。ティン王国の王子デッカ・ティン。彼には「ティン小さき者を救う義務」が有る。
そんな彼の前に、「ティン小さき者」が救いを求めてやって来た。 さあ、デッカはどうする? どうした? デッカは――「俺がどうにかする」
敢然と立ち向かった。その結果、
「ティンティンが、どうにかなっちゃううううっ!!」
ティン王国の王城に少女の絶叫が轟いた。それを聞いた城内の侍従達は、慌てて衛兵に声を掛けた。
「城内に獣、いや、魔物が入り込んでいるかもしれませんっ」
衛兵は総出で城内を奔走した。その際、デッカの執務室にも何人か訪れていた。
「殿下」「こちらで何か――」
「いや、何も」デッカは恍けた。すると、
「「そうですか」」
衛兵達はデッカの言葉(嘘)をアッサリ信じてしまった。この素直過ぎる反応は、「衛兵として、どうなのよ?」と、疑念を覚えなくもない。
しかし、これもティン族ならば致し方なし。宣なるかな。デッカは王族にして王位継承権第一位の「やんごとなきお方」だった。何より「史上最大のティンの持ち主」という、最強のカリスマ要素が備わっていた。ティン族のの中には、デッカの言葉を「神託」と錯覚する者は存外に多い。
かくして、デッカの嘘によって「真犯人」が容疑者の中から除外された。その為、誰も原因を突き止められなかった。
原因不明となれば、有らぬ噂が立つのは必定。幽霊や怨霊の類を主張する者も出る始末。 この事件後、大々的な除霊の儀式をするまでに至る。しかし、その可能性を予想した者は、少なくとも「真犯人達」の中にはいなかった。城内で大騒ぎになっているとも知らず、咆哮を上げた少女、リィン・モータルは執務室の床に蹲っていた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
リィンは荒い息を吐きながら、何とか息を整えようと努力していた。その奮闘振りを、デッカとリィンの父、ケイン・モータルが無言で見守っていた。
「はぁっ、はぁっ」
「「…………」」デッカの執務室内に、重苦しい雰囲気が漂っていた。リィンが息を一つ吐く度、室内の空気が密度を増していくように錯覚した。
娘を見詰めるケインの額には汗が滲んでいた。それが雫となって一滴、二滴と頬を伝っていく。それらの内の一つがケインの口許まで伝ったところで――口が開いた。「リィン――」
ケインは娘の名前を呼びながら、蹲った彼女の右肩に右手を伸ばした。それが届いたならば、リィンも幾分か心安らかになったかもしれない。
ところが、この場には意地悪な王子様がいた。「ケイン、ちょっと待って」
「!」デッカは右手を上げて、ケインの行為を阻んだ。すると、ケインは驚いたような顔をしてデッカを見た。
ケインの視界に映ったデッカの顔は、能面のような無表情だった。しかし、その瞳にはキラリと光る涼しい「知性の輝き」が有った。
殿下には、何か確信が有るのやもしれぬ。
ケインは静かに右手を下ろした。そのままデッカと共に、娘リィンの様子を黙って窺っていた。
「はぁっ、はぁっ」
「「…………」」暫く、時間にして五分ほど経った。そこで漸くリィンの呼吸が収まり出した。その変調に、デッカがいち早く反応した。
「落ち着いた?」
デッカの問いに、リィンは「はい」と小さく頷いた。すると、デッカの口端が僅かに吊り上がった。
「ならば、自分のティンティンに『触れて』みてくれ」
「!」ティンティンに触れる。それも人前で。幼少期ならいざ知らず、思春期ともなれば躊躇いを覚える者も多い。リィンの頬は朱に染まった。
しかし、今は「恥ずかしい」という惰弱な理由で躊躇う訳にはいかなかった。「はい」
リィンはオズオズと自分の蟀谷上部に手を伸ばした。すると、彼女の指先に今まで覚えたことの無い「硬い感触」が伝わった。その瞬間、
「!?」
リィンの目が大きく開いた。それも、顔半分埋め尽くすほどに大きく。その様子を見詰める父ケインの目も、娘に負けないくらい大きく開いていた。
「嘘――」
「まさか、こんなことが――」リィンは「嘘、嘘」と繰り返し呟きながら、両手の指、その全てを使ってティンティンを弄り出した。
すると、リィンの細い指の間からニョキリと「大人の親指大の角」が現れた。それがデッカの視界に「こんにちは」した瞬間、リィンの口から「嘘」以外の言葉が飛び出した。「私のティンティンがデカくなってる」
リィンの声は震えていた。彼女を見詰めるケインの瞳が涙で揺れていた。二人の様子を見て、デッカは満足そうに頷いた。
「上手くいった――かな」
リィンのティンティンはデカくなっていた。それも、父ケインに迫るほど。その事実は、モータル親子を大いに喜ばせた。二人とも、この場で小躍りしたい気分だった。
しかし、「喜びの舞」を披露することは、部屋の主が断固拒否した。「これは飽くまで俺の個人的な憶測だけど――」
デッカは、浮かれるモータル親子に「苦言」という冷や水を浴びせた。
「これはリィンだけでなく、ケインにも問題が有るのかもしれない」
「「えっ!?」」 「『厳しく躾け過ぎた』んじゃないかな?」 「「…………」」厳しく躾け過ぎた。その言葉に思い当たる節が、モータル親子には有った。
ケインは、気弱な娘を強くする為に、敢えて厳しい態度を取り続けていた。リィンは、文句を言うことを諦めた。「自分は駄目な奴」と思い込みながら、唯々諾々と父に従っていた。 その「駄目な奴」という呪いが、リィンから「ティンティンの成長」という大事を奪ってしまった。過ぎたるは猶及ばざるが如し。何事も「ほどほど」が肝要。無理をすれば弊害が出る。地面から生えかけた芽を踏み続ければ、伸びなくなってしまう。
「私が厳しかったから、娘のティンティンが成長できなかったのですか」
ケインの顔に、今にも泣き出しそうな悲しげな表情が浮かんだ。それはデッカの視界にも映っていた。
「ティンも体の一部だから、感情に影響されることも有る――とは思う。飽くまで憶測だけど」
デッカは、ケインに「気にし過ぎないで」と声を掛けながら、爽やかに微笑んだ。その気遣いに、リィンが反応した。
「お父さん、その――」
リィンは何か言い掛けて、口を噤んだ。しかし、直ぐ様口を開いて、ケインに向かって思いの丈を告げた。
「お父さんは、悪くない。私が弱かったの。弱過ぎたの。だから――」
「リィン――」モータル親子は互いに見詰め合い、どちらともなく静かに抱き締め合った。
この一件で、親子の絆は一層深まった。そんな二人を見詰めるデッカの視線は、どこまでも優しかった。 しかし、笑っていられたのも束の間だった。暫く、時間にして三分経ったところで、ケインが顔を上げてデッカを見た。
その際、ケインの顔には「泣いている」と錯覚するほど申し訳なさげな表情が浮かんでいた。それを見たデッカは、嫌な予感を覚えた。何だ、その顔は。
デッカの予感は、直後に具現化した。
「殿下」
「ん?」 「このこと、『リザベル様の耳に入った』ら――」 「!!!」デッカの脳内に、最悪の可能性が幾つも閃いた。それと同時に、室内の温度が一度ほど下がった。その事実は、デッカだけでなく、モータル親子も直感していた。
「「「…………」」」
三人とも何も言わなかった。彼らは固まっていた。心が押し潰されるような精神的衝撃を受けて石化していた。
そのような状況で「動ける強者」は、デッカを措いて他にいなかった。「そちらも、俺が何とかする」
何とかする。その方法は、実は未だ考えていなかった。それでも、デッカは敢えて宣言した。その行為は、誰の目にもハッキリ分かる虚勢だった。
デッカを見詰めるモータル親子の目が、不安に揺れていた。「「ですが――」」
二人は不安げな声を上げた。しかし、その声は震えていなかった。
もし、殿下の身に何か有ったならば、我らが命を賭してお守りいたします。
二人とも、命を賭す覚悟を決めていた。その覚悟は天晴れ。
しかし、相手はデッカ並みのティンティンを持つ女傑、リザベル・ティムル。モータル親子の命が一ダース有ったとしても、恐らく何の役にも立たないだろう。その可能性は、リザベルをよく知るデッカには容易に想像できた。そもそも、この国、いや、このマサクーンに於いて「リザベルと対等に渡り合える人間」は、恐らく一人しかいないだろう(後になってバンバン出てくるかもしれないが)。
「俺が何とかするから」
デッカは苦笑した。それを見たモータル親子は「「申し訳ありません」」と言いながら、床に突っ伏して号泣した。 果たして、デッカは起死回生の策を捻り出すことができのか? 彼に国を救うことができるのか? それとも、どうにもならずに国を亡ぼすのか?次回、「第三話 ああああああああああああっ、デッカ様っ」
リザベルの慟哭、咆哮が、王立オーティン大学女子寮に響き渡る。
※拙作をお読み頂き感謝いたします。
宜しければ評価、感想を頂けますと感謝感激、とても有り難く思います。 何卒、宜しくお願い致します。アゲパン大陸北方、天壁ピタラ山脈の麓に在る白い城塞都市「王都オーティン」。 ティン王国最古の都市であるが故、オーティンには様々な名所旧跡が存在している。 その内の一つ、都市の中心(王城)から、ちょっと南寄りに「中央広場」と呼ばれる開けた場所が有った。 ピタラ石を敷き詰めた、直径三百メートルの大真円。そこは今、額に角を生やした人間(ティン族)」で溢れ返っていた。それこそ「王都中のティン族が集まっているのでは」と錯覚するほど。 何故なのか? その謎を解く鍵は、人海の中心に設けられた「木(ゲッパク)製の建造物」に有った。 それは、急造した「野外舞台」であった。 舞台の上で、人間(真人間族)が大声を張り上げながら動き回っている。 人間達は皆、「羽織袴」という異国の衣装をまとっていた。頭に髷を結って、腰に打刀を差している。 その格好は、東方の島国「ジポング」に住む「お武家様」のものだ。 お武家様が、鬼(ティン族)の集団に囲まれている。その様子を地球人が見たならば、「お労しや」と手を合わせてしまうだろう。 実際、お武家様方も生きた心地がしていなかった。しかし、彼らは逃げなかった。舞台の上から降りなかった。 そもそも、お武家様達には「鬼(ティン族)を楽しませる」という使命を持っていた。それを果たす為、この国(ティン王国)にやってきたのだ。 お武家様達は、全員「役者」だった。それも、ジポングで最も有名な演劇集団、その名も「ジポング歌劇団」の団員だ。 今日の演目は「甘えん坊将軍」という痛快娯楽現代劇。 物語の内容を簡潔に表現すると、「ジポングの最頂点に君臨する将軍が、あの手この手で色んな人に甘えまくる」といったところ。人気シリーズであるが故に、和数も多く、お約束の展開も多々有った。 しかしながら、今日の話は少々「特殊」な内容になっていた。 舞台の上では、複数のお武家様達が円を描くように並んでいた。彼らは全員内側を向いていた。その円心には一人のお武家様(壮年)の姿が有った。 そのお武家様こそ、物語の主人公「徳俵新之助《トクダワラ・シンノスケ》」。その正体は当代将軍「徳下値吉好《トクシタネ・ヨシヨシ》」である。 当然ながら架空の人物である。 今、新之助(吉好)は単身で敵地(悪代官宅)に乗り込んでいた。そこには悪代官と、その手
惑星マサクーン最大の陸地、アゲパン大陸。その「臍」というべき中央部に在る国、オニクランド共和国。その領土の中心に聳える山脈、オツパイン樅帯。その頂上部に群生するオツパイン樅の木の下で、白い革コートを羽織った貴公子と淑女の姿が有った。 貴公子の名はデッカ・ティン。淑女の名はリザベル・ティムル。 リザベルは、大きな樅木に背中を預けるように立っている。デッカは、リザベルの真正面に立っている。 うら若い男女が大きな樅木の下で向かい合っている。その現場に出くわしたなら、脳内に「仲良く遊びましょ」と、楽しげな幻聴が響き渡ったとしても致し方無し、宜なるかな。 しかし、その幻聴は一瞬で雲散霧消する。現況が醸し出す空気は「ラブラブ」ではなく、どちらかといえば「修羅場」に近い。 二人の間に剣呑な緊張感が漂っていた。しかしながら、それを醸し出しているのはリザベルだけ。デッカの方はと言うと、「訳が分からない」と言わんばかりの困惑顔で首を傾げている。 デッカの視線の先には、彼の右手が有った。それは、リザベルの左手に握られていた。その行為に関しては、デッカ側には何の疑念も無かった。問題は、「その奥に控えた物体」に有った。 二人の手は「リザベルの胸」の辺りに掲げられていた。その行為は、リザベルの方から仕掛けたものだった。デッカには意味が分からなかった。 デッカの頭上に「?」が浮かんだ。そのタイミングで、リザベルが謎の呪文を唱えた。「どうぞ、『お揉み』下さいませ」 「え?」 デッカの首が一層傾いだ。頭上の「?」の数も増えた。しかし、混乱しているのは彼だけではなかった。 この場には、デッカ達の他に、樅の影から二人を見守る護衛者、護衛隊、オニクランド共和国大統領夫婦がいた。彼らの首も一斉に傾いでいた。その困惑の空気は「元凶」にも届いていた。「あ、私としたことが」 マスクに隠れたリザベルの目に、正気の色が戻った。彼女は冷静になった。その上で、現況に対する「彼女なりの最適解」を告げた。「繋いでいては、お揉みできませんわ」 リザベルは、直ぐ様デッカと繋いでいた手を解いた。その行為によって、デッカの右手は解放された。その事実を直感した瞬間、リザベルは頬赤らめながら胸部を突き出した。「どうぞ」 「えっと?」 一体、何が「どう
デッカとリザベルは、現在「国賓」として、オニクランド共和国の特産品「オツパイン」の群生地を視察していた。 二人にとっては異国の地。二人の身を守る手段は、ティン王国内とは比較にならないほど少ない。 だからこそ、「護衛役」は頑張らなければならなかった。 デッカ専属護衛役、ブラリオ・ツィンコは、その全身に緊張感御漲らせながら、デッカの一挙手一投足に意識を集中していた。その視界には、デッカの隣にいる「イケメン豚面大男」の姿も入っていた。 イケメン豚面大男、オニクランド共和国大統領サイゼル・ポーク。 サイゼルは「デッカ達の案内役」として、オニクランドに付いて、あれやこれやと説明している。 今も、デッカの求めに応じるまま、オニクランドの独産品「オツパイン」に関する情報を提供し続けていた。その会話の内容は、ブラリオの聴覚にシッカリ捉えられている。「オツパインは、私も大好物でして。冬の間は食後のデザートの定番にしているのです」 「そんなに美味しいのですか?」 「はい。それだけでなく、見た目も素晴らしいのです」 「見た目――ですか?」 ブラリオの視界の中で、白い防寒服の貴公子(デッカ)がオツパイン樅を見上げた。その様子は、デッカの隣にいるサイゼルの視界にも映っていた。「樅木の下からでは分かり難いでしょう。宜しければ――」 サイゼルは、牙が突き出た口に微笑みを浮かべた。その僅かに吊り上がった口の端から、表情に見合った優しげな声が漏れ出た。「オツパインもご覧になりますか?」 「はい。オツパインも見たいです」 サイゼルの提案に、デッカは即応で食い付いた。 ここまでの会話に対して、ブラリオは全く違和感を覚えなかった。 ところが、デッカが「オツパインも見たいです」といった直後、異変が起こった。その様子は、リザベル専属護衛役、シア・ナイスの視界にも映っていた。 シア・ナイスは、極度の緊張状態にあった。心の中では戦闘態勢に入っていた。 そもそも、辺境伯量の騎士(騎士団副団長)である彼女にとって、外国とは即ち「敵国」なのだ。脳内で「相手は同盟国」と分かっていても、心は容易に受け入れ難い。 いっそ、斬り捨ててしまおうかしら? シアの心中では、戦闘狂の悪魔が「斬っちゃえ。斬っちゃえば楽になれるよ」と、散々シアをけしかけていた。 そんな折、シア
アゲパン大陸の中央部に「オニクランド共和国」という国が在る。 君主制の国が多い惑星マサクーンに於いて、「珍しい」といえる国民主権の国だ。地球の歴史を鑑みれば「将来有望」と言える。その主要民族は、やはり普通の人類種――ではなく、「オニク族」という亜人種だ。 オニク族。その外観は豚面で大柄、太っちょだ。地球で言うところの「オーク」に近いだろう。その戦闘能力も、オークに勝るとも劣らない。 実際、オニクランドの軍隊は他国が一目置くほど精強だ。新しい戦法を練ったり、武器を開発したりしている。いつでも、どことでも戦争をする準備は整っていた。 しかし、実際にオニクランドから喧嘩を吹っ掛けたことは、建国以来一度も無かった。彼の国には、それを躊躇う「地政学的理由」が有った。 オニクランドは「大陸中央」に位置している。「全方位他国に囲まれている」のだ。 何れかの国と揉めれば、それ以外の国が「これ幸い」と攻め入ってくることは、予想に易いだろう。 戦争する訳にはいかなかい。他国に戦争の口実を与える訳にはいかない。 オニクランドでは「富国強兵」と「他国との友好」は絶対的な国是なのだ。文字通り「国の支柱」だ。どちらかが折れれば国はアッサリ傾く。だからこそ、国民に選ばれし為政者達は、何を措いても「支柱の維持」に腐心する。その為に有効な手段が有れば、迷わず飛び付く。「何か凄い強化してくれるカップルがいるぞ」と聞けば、試してみたくもなる。「では、呼びますか?」 「「「「「そうですね」」」」」 オニクランドの評議会で「デッカとリザベルを国賓として招待する」という議案が賛成多数で可決された。 かくして、デッカ達は二名のお供を従えて国境を渡ることとなった。勿論、それを実現する為のオニクランド側の努力も抜かりなし。 ティン王国との軍事同盟の締結。 デッカ達が外遊中、オニクランド大統領(国家元首)の子ども達(兄妹)が(人質として)ティン王国首都オーティンに滞在する。 今回の件に対する賂、無表情で有名なアリアナ・ティルト侯爵令嬢がにんまり微笑むほどの大量の「黄金色の菓子」——等々。 ティン王国の為政者達が揃って「うむむ」と唸り声をあげるほどの旨味が、湯水のように提供された。それ等を目の当たりにして、ティン王国側でも「オニクランドと仲良くしよう」とか、「
ブラリオ・ツィンコがオッタマン・ゲイツに決闘を申し込まれてから一週間が経った。 ティン王国時間、午前九時。 王城の敷地内に設けられた石製の巨大円舞台、「ティン王国御前試合場」の上に、二つの人影が有った。 ブラリオとオッタマン。 どちらも王国騎士の鎧に身を包んでいた。それぞれティン弧剣」を背負っていた。 二人は今日、決闘する。その理由が、オッタマンの口から飛び出した。「勝った方が殿下の護衛だ」 ブラリオは、返事代わりに静かに頷いた。 どこまでも青い空の下、色の無い風が「ビュウ」と音を立てて二人の体を薙いだ。その瞬間、どちらともなく右手を掲げてティン弧剣の柄を握った。「ブラリオ。貴様がデッカ殿下の専属護衛に相応しいか否か――この俺が見極めてやる」 「宜しくお願いします、ゲイツ先輩」 二人は同時にティン弧剣を抜いた。その直後、オッタマンが飛んだ。 ゲイツ流の極意、超身体能力強化。 オッタマンは、人の領域を超える速度で円舞台を駆けた。その際、ブラリオも前に出ていた。 ブラリオは、オッタマンよりも身長が高く、腕も長い。その分だけ剣の間合いが広かった。必然的に先手が取れた。 オッタマンが間合いに入った瞬間、ブラリオのティン弧剣が宙を薙いだ。 真上から、真下へ。その長い身体を存分に活かした豪快な縦一文字切り。ティン力も加わっている為、常人では受けとめ切れない。 しかし、オッタマンは常人ではなかった。 オッタマンは、両手握ったティン弧剣を「左腕に添える」ように構えていた。それを左腕と同時に押し出した。 二振りの孤剣が重なった。その刹那、鈍い金属音が鳴った。その直後、ブラリオの孤剣の軌道が変わった。いや、「変えられた」と言うべきか。 ブラリオの孤剣は、オッタマンの孤剣の刃に沿うように「斜め下」へと流れていった。その現象が起こった瞬間、ブラリオの背筋が凍り付いた。 拙いっ!? 現況は「オッタマンの間合い」だった。 オッタマンの孤剣が、ブラリオの腹に迫った。ブラリオは、即座に浮遊剣で防御した。しかし、アッサリ弾かれてしまった。「くっ!」 ブラリオは、即座に後ろに飛んで間合いを開けた。その際、追撃は無かった。 オッタマンは、その場に立ち尽くしていた。無言でブラリオを見詰めていた。彼が追撃していたならば、その時点で勝負は付
決闘。額面通りに受け取れば「命を懸けた殺し合い」になる。しかし、ティン王国では飽くまで揉め事の決着方法の一つ。運悪く落命する場合も否定できないが、そうならない工夫が施されていた。 ティン弧剣士の場合、双方「刃の潰れたもの」を使用する。地球(日本)の時代劇でいうところの「峰打ちセーフ」である。 尤も、命は賭けずとも「名誉」は掛かっている。敗者には、それなりの代償が有った。「勝者の言うことを『何でも』一つ聞く」 何でも。仮に命を要求されたならば、それを差し出さねばならない。拒否したならば、名誉が大きく損なわれる。その事実に対して「命を奪われた方がマシ」と断言する者は、貴族達の中には存外に多い。 ブラリオ・ツィンコは貴族だった。しかも、近衛騎士で、流派の直系だ。その出自の宿業からは、生涯逃れることはできないだろう。 絶対に拒否はできない。その事実は、オッタマン・ゲイツも熟知している。その上で、彼は非情な条件を告げた。「俺が勝ったら、『デッカ殿下の護衛の役目』を代わって貰うぞ」 デッカの護衛。ブラリオにとって、デッカは「竹馬の友」といえる存在だ。その役目を仰せつかった際、「身命を賭して完遂する」と誓約した。ブラリオの脳内には、「他の者に譲る」という選択肢など微塵も無かった。 絶対に、譲れない。だけど、決闘を回避することはできない。「承知」 ブラリオは、オッタマンの条件を受け入れる他無かった。彼には「オッタマンと戦って勝つ」以外の選択肢は無かった。 その日から、ブラリオは有休をとって「森」に籠った。 王都後背に広がる針葉樹林帯、通称「モリッコロの森」。群生する白と赤い樹木の間を、痩身の人影が駆け回っている。それも、早朝から夕方まで、休むこと無く延々。 ブラリオは、ご飯を食う暇を惜しんで修行を続けていた。しかし、その甲斐は残念ながら無い。彼には「勝ち筋」が見えていなかった。 闇雲に動いても、無駄に疲れるだけだな。 修行開始から三日目。ブラリオは、現況に対する「徒労」の可能性を覚え始めていた。だからと言って、軽々に休めなかった。 ブラリオが動きを止めた瞬間、彼の脳内に「オッタマンの戦う姿」が閃いた。すると、ブラリオの心臓が「肋骨を折る」と錯覚するほど跳ね回った。 ゲイツ先輩の「ゲイツ流」――恐るべし。 ゲイツ流。オッタマンの曾祖父、「