ティン王国の王子が侍女のティンティンを弄っている間に、少しだけ「惑星マサクーン」、及び「ティン王国」に付いて説明したい。
惑星マサクーンは、元・地球人の神が「俺流ファンタジー」を企図して創造した、神(人)工惑星である。
造物主が「元・地球人」であるが故に、マサクーンにも地球と同じく「海」と「陸」が有った。星の七割を占める大海「リバイアス」。そのど真ん中に鎮座する大陸「アゲパン」。
海と陸には、それぞれの環境に適した生物が住んでいる。その中で、万物の霊長である人間種はと言うと、殆どが陸、アゲパン大陸に住んでいた。
アゲパン大陸には、人間種が建てた様々な国が有った。その中に有角人の国、「ティン王国」が有った。
ティン王国は、他国から「辺境の大国」と呼ばれていた。その異名は伊達ではなかった。王国には「異名を保証する好条件」が幾つか有った。ティン王国は、アゲパン大陸の北東部、北の際に位置している。そこには「ピタラ」と呼ばれる峻険な山脈が有った。それを超えて海に出ることは至難の業。逆に海から大陸に上がるのも至難の業だった。
神が創りし天然自然の城壁ピタラ山脈。その山裾には「モリッコロ」と呼ばれる大森林地帯が有った。それがティン王国の領土だった。ティン王国の地理的好条件は、中世日本の鎌倉幕府を彷彿とする。
マサクーンに住む人間種の文明レベル「地球の中世期」で停滞中である以上、王国には「絶対無敵」と言えるほどの地の利が有った。
しかし、他国視点で「最も厄介」と言える要素は、地の利ではなく、ティン王国の国民、「ティン族」だった。有角人であるティン族は、その額に生えた角、「ティン」に不思議な力、「ティン力」を宿している。
ティン力がティン族に「他種族を圧倒する戦闘力」を与えていた。その優位性を、ティン族達は良く心得ていた。彼らはティンを崇め、敬い、拘った。
取り分け執着していたティン要素は、「大きさ」だった。
何故ならば、ティン力の出力の大きさ(威力)はティンの「大きさ」に比例していたからだ。その事実は、ティン族にとって僥倖ではあった。しかし、同時に「差別」と言う呪いをもたらしていた。
「ティンのデカさこそが、人の優劣を決める絶対的な基準」
所謂「ティンのデカさ至上主義」。これを体現し、強力に推奨したのが建国の王、初代ティン王国国王「オーティン・ティン」だった。
オーティンのティンは並外れてデカかった。他のティン族は「指」程度なのだが、彼のものは「大人の手」程の大きさが有った。「俺のティンは誰よりもデカい。誰よりもデカいが故に、俺は誰よりも強い。誰よりも強いが故に、俺は誰よりも偉い。だから、俺こそが王に相応しい」
オーティンは「ティンのデカさ」を根拠として王となった。この話を他国の者が聞いたなら、「そんな馬鹿な」と呆れるだろう。
しかし、ティン族にとって、ティン力は彼らの優位性を示す唯一無二の特殊能力なのだ。その恩恵を無視することは難しい。ティン族に与えられた「ティンのデカさ至上主義」という呪いは、オーティン王の誕生によってティン王国の国是となった。
王国内では「よりティンのデカき者」がもてはやされ、「より小さき者」が軽んじられるようになった。差別は人を不幸にする。ティンの小さき者にとって、ティン王国は地獄だった。
「こんな小さなティン(或いはティンティン)じゃ、もう生きていられませんっ」
ティンのデカさ至上主義がもたらした精神的苦痛は、国家と国民との信頼関係に深刻な亀裂を生じさせていた。放置すれば、何れ国家崩壊の憂き目に遭う。その可能性を想像した者は存外に多い。その中に、(幸いにして)王国の為政者達も含まれていた。
そもそも、王国存亡の危機を回避する舵取りができる者は、為政者達を措いて他に無い。その「筆頭」と言うべき存在が、オーティンの子孫であるティン王家の人間、王族だった。ティン王国の王子デッカ・ティン。彼には「ティン小さき者を救う義務」が有る。
そんな彼の前に、「ティン小さき者」が救いを求めてやって来た。 さあ、デッカはどうする? どうした? デッカは――「俺がどうにかする」
敢然と立ち向かった。その結果、
「ティンティンが、どうにかなっちゃううううっ!!」
ティン王国の王城に少女の絶叫が轟いた。それを聞いた城内の侍従達は、慌てて衛兵に声を掛けた。
「城内に獣、いや、魔物が入り込んでいるかもしれませんっ」
衛兵は総出で城内を奔走した。その際、デッカの執務室にも何人か訪れていた。
「殿下」「こちらで何か――」
「いや、何も」デッカは恍けた。すると、
「「そうですか」」
衛兵達はデッカの言葉(嘘)をアッサリ信じてしまった。この素直過ぎる反応は、「衛兵として、どうなのよ?」と、疑念を覚えなくもない。
しかし、これもティン族ならば致し方なし。宣なるかな。デッカは王族にして王位継承権第一位の「やんごとなきお方」だった。何より「史上最大のティンの持ち主」という、最強のカリスマ要素が備わっていた。ティン族のの中には、デッカの言葉を「神託」と錯覚する者は存外に多い。
かくして、デッカの嘘によって「真犯人」が容疑者の中から除外された。その為、誰も原因を突き止められなかった。
原因不明となれば、有らぬ噂が立つのは必定。幽霊や怨霊の類を主張する者も出る始末。 この事件後、大々的な除霊の儀式をするまでに至る。しかし、その可能性を予想した者は、少なくとも「真犯人達」の中にはいなかった。城内で大騒ぎになっているとも知らず、咆哮を上げた少女、リィン・モータルは執務室の床に蹲っていた。
「はあっ、はあっ、はあっ」
リィンは荒い息を吐きながら、何とか息を整えようと努力していた。その奮闘振りを、デッカとリィンの父、ケイン・モータルが無言で見守っていた。
「はぁっ、はぁっ」
「「…………」」デッカの執務室内に、重苦しい雰囲気が漂っていた。リィンが息を一つ吐く度、室内の空気が密度を増していくように錯覚した。
娘を見詰めるケインの額には汗が滲んでいた。それが雫となって一滴、二滴と頬を伝っていく。それらの内の一つがケインの口許まで伝ったところで――口が開いた。「リィン――」
ケインは娘の名前を呼びながら、蹲った彼女の右肩に右手を伸ばした。それが届いたならば、リィンも幾分か心安らかになったかもしれない。
ところが、この場には意地悪な王子様がいた。「ケイン、ちょっと待って」
「!」デッカは右手を上げて、ケインの行為を阻んだ。すると、ケインは驚いたような顔をしてデッカを見た。
ケインの視界に映ったデッカの顔は、能面のような無表情だった。しかし、その瞳にはキラリと光る涼しい「知性の輝き」が有った。
殿下には、何か確信が有るのやもしれぬ。
ケインは静かに右手を下ろした。そのままデッカと共に、娘リィンの様子を黙って窺っていた。
「はぁっ、はぁっ」
「「…………」」暫く、時間にして五分ほど経った。そこで漸くリィンの呼吸が収まり出した。その変調に、デッカがいち早く反応した。
「落ち着いた?」
デッカの問いに、リィンは「はい」と小さく頷いた。すると、デッカの口端が僅かに吊り上がった。
「ならば、自分のティンティンに『触れて』みてくれ」
「!」ティンティンに触れる。それも人前で。幼少期ならいざ知らず、思春期ともなれば躊躇いを覚える者も多い。リィンの頬は朱に染まった。
しかし、今は「恥ずかしい」という惰弱な理由で躊躇う訳にはいかなかった。「はい」
リィンはオズオズと自分の蟀谷上部に手を伸ばした。すると、彼女の指先に今まで覚えたことの無い「硬い感触」が伝わった。その瞬間、
「!?」
リィンの目が大きく開いた。それも、顔半分埋め尽くすほどに大きく。その様子を見詰める父ケインの目も、娘に負けないくらい大きく開いていた。
「嘘――」
「まさか、こんなことが――」リィンは「嘘、嘘」と繰り返し呟きながら、両手の指、その全てを使ってティンティンを弄り出した。
すると、リィンの細い指の間からニョキリと「大人の親指大の角」が現れた。それがデッカの視界に「こんにちは」した瞬間、リィンの口から「嘘」以外の言葉が飛び出した。「私のティンティンがデカくなってる」
リィンの声は震えていた。彼女を見詰めるケインの瞳が涙で揺れていた。二人の様子を見て、デッカは満足そうに頷いた。
「上手くいった――かな」
リィンのティンティンはデカくなっていた。それも、父ケインに迫るほど。その事実は、モータル親子を大いに喜ばせた。二人とも、この場で小躍りしたい気分だった。
しかし、「喜びの舞」を披露することは、部屋の主が断固拒否した。「これは飽くまで俺の個人的な憶測だけど――」
デッカは、浮かれるモータル親子に「苦言」という冷や水を浴びせた。
「これはリィンだけでなく、ケインにも問題が有るのかもしれない」
「「えっ!?」」 「『厳しく躾け過ぎた』んじゃないかな?」 「「…………」」厳しく躾け過ぎた。その言葉に思い当たる節が、モータル親子には有った。
ケインは、気弱な娘を強くする為に、敢えて厳しい態度を取り続けていた。リィンは、文句を言うことを諦めた。「自分は駄目な奴」と思い込みながら、唯々諾々と父に従っていた。 その「駄目な奴」という呪いが、リィンから「ティンティンの成長」という大事を奪ってしまった。過ぎたるは猶及ばざるが如し。何事も「ほどほど」が肝要。無理をすれば弊害が出る。地面から生えかけた芽を踏み続ければ、伸びなくなってしまう。
「私が厳しかったから、娘のティンティンが成長できなかったのですか」
ケインの顔に、今にも泣き出しそうな悲しげな表情が浮かんだ。それはデッカの視界にも映っていた。
「ティンも体の一部だから、感情に影響されることも有る――とは思う。飽くまで憶測だけど」
デッカは、ケインに「気にし過ぎないで」と声を掛けながら、爽やかに微笑んだ。その気遣いに、リィンが反応した。
「お父さん、その――」
リィンは何か言い掛けて、口を噤んだ。しかし、直ぐ様口を開いて、ケインに向かって思いの丈を告げた。
「お父さんは、悪くない。私が弱かったの。弱過ぎたの。だから――」
「リィン――」モータル親子は互いに見詰め合い、どちらともなく静かに抱き締め合った。
この一件で、親子の絆は一層深まった。そんな二人を見詰めるデッカの視線は、どこまでも優しかった。 しかし、笑っていられたのも束の間だった。暫く、時間にして三分経ったところで、ケインが顔を上げてデッカを見た。
その際、ケインの顔には「泣いている」と錯覚するほど申し訳なさげな表情が浮かんでいた。それを見たデッカは、嫌な予感を覚えた。何だ、その顔は。
デッカの予感は、直後に具現化した。
「殿下」
「ん?」 「このこと、『リザベル様の耳に入った』ら――」 「!!!」デッカの脳内に、最悪の可能性が幾つも閃いた。それと同時に、室内の温度が一度ほど下がった。その事実は、デッカだけでなく、モータル親子も直感していた。
「「「…………」」」
三人とも何も言わなかった。彼らは固まっていた。心が押し潰されるような精神的衝撃を受けて石化していた。
そのような状況で「動ける強者」は、デッカを措いて他にいなかった。「そちらも、俺が何とかする」
何とかする。その方法は、実は未だ考えていなかった。それでも、デッカは敢えて宣言した。その行為は、誰の目にもハッキリ分かる虚勢だった。
デッカを見詰めるモータル親子の目が、不安に揺れていた。「「ですが――」」
二人は不安げな声を上げた。しかし、その声は震えていなかった。
もし、殿下の身に何か有ったならば、我らが命を賭してお守りいたします。
二人とも、命を賭す覚悟を決めていた。その覚悟は天晴れ。
しかし、相手はデッカ並みのティンティンを持つ女傑、リザベル・ティムル。モータル親子の命が一ダース有ったとしても、恐らく何の役にも立たないだろう。その可能性は、リザベルをよく知るデッカには容易に想像できた。そもそも、この国、いや、このマサクーンに於いて「リザベルと対等に渡り合える人間」は、恐らく一人しかいないだろう(後になってバンバン出てくるかもしれないが)。
「俺が何とかするから」
デッカは苦笑した。それを見たモータル親子は「「申し訳ありません」」と言いながら、床に突っ伏して号泣した。 果たして、デッカは起死回生の策を捻り出すことができのか? 彼に国を救うことができるのか? それとも、どうにもならずに国を亡ぼすのか?次回、「第三話 ああああああああああああっ、デッカ様っ」
リザベルの慟哭、咆哮が、王立オーティン大学女子寮に響き渡る。
※拙作をお読み頂き感謝いたします。
宜しければ評価、感想を頂けますと感謝感激、とても有り難く思います。 何卒、宜しくお願い致します。王都オーティン。中心に白亜の王城を頂くティン王国最古にして最大の都市。 王城の荘厳さは言うに及ばず、城下町もまた、王城に比すほど荘厳にして美麗だった。その為、他の領土の人々からは「白い美術品」と呼ばれている。 王都城下町の地面は、王城の敷地と同じくピタラ石製の白い石畳が広がっていた。どこぞの大学と違い、市民達が毎年補修、掃除、点検を行っている。その為、「表通り」は白さを保ち続けていた。 その白い石畳の上に、白い家屋群が整然と立ち並んでいた。 王都城下町の建物は、殆どが白い石(ピタラ石)と白い木材(モリッコロ原産の針葉樹、『ゲッパク』)を組み合わせたハーフティンバー式。それら白い二階建て、或いは三階建ての建物が、背中合わせの二列縦隊で街路沿いに軒を連ねていた。 建物群に挟まれた街路は、その殆どが同じ幅になっていた。それもまた、城下町の美観を高める要因だった。 しかし、唯一本、他より遥かに太く、大きな街路が有った。 内壁の城門と、外壁の城門を貫く大道、王都メインストリート。通称「オーティン通り」。 王都を人間の体と例えるならば、オーティン通りは「大動脈(或いは大静脈)」になるだろう。 毎日市民(都民)達が集まり、商売、食事、談笑、散歩――と、様々な活動が行われる「王都で最も活気の有る場所」だった。その賑わい、盛況振りは、遠目からでもハッキリ確認することができた。 ティン王国第一王子、デッカ・ティンは「内壁城門前」にいた。そこから正面に伸びる大道、オーティン通りの様子を眺めていた。 ああ、王都の城下町は、こんなにも素敵な場所だったのか。 大河の如き大道が人々の活気で溢れている。その様子を見るほどに、デッカの胸にポカポカと春の陽射しのような暖かな気持ちが広がっていた。そんな彼の姿を、首を傾げながら見詰める者が四人ほどいた。 城門前を守る衛兵達だ。「何だ、あれ?」 「変な格好だな」 「痛い奴だ」 「目を合わせるな。かかわるな」 衛兵達は、デッカのことを悪し様に言い合っていた。不敬罪に問われかねない無礼だった。 しかし、デッカを含めて、現況で衛兵達を咎める者はいなかった。そもそも、彼らが見詰めている男性(デッカ)は、王子様には見えなかった。 デッカは「市井の衣装」を身にまとっていた。その姿を見れば、「首から下」は市井の民そ
ティン王国国王領。現国王ムケイが直接治める、所謂「直轄地」。王国領領内最奥に位置する最も安全な場所にして、南方領(シムズ・ティルト侯爵領)に次ぐ資源の宝庫だった。 当然のように人が集まり、その人口は全王国領中「不動の第一位」を誇っている。 しかし、不思議なことに税収は下落傾向にあった。それも、ここ数年に限っての話だ。その事実は、王城の税務課の資料に記載されている。由々しき事態だ。 しかし、王城の会議に於いて、その話題が出た例は無い。そもそも、税務課の職員達も、大臣達も、国王ムケイですら、その事実を問題視していなかった。 何故なのか? その謎を解明すべく、デッカは今日も執務室に籠っていた。 デッカの執務室は王城の最奥に有った。そこまで続く石の回廊は、洞窟と錯覚するほど暗く冷たい。 しかし、執務室のドアを開けた先は「眩い光の世界」だった。その奇跡の光景の理由は、ティン力でもなければ魔法でもなかった。 ティン王国の王城には、それは大きな「中庭」が有った。 デッカの執務室は、中庭の際に位置していた。その為、中庭側に設置された窓が陽光を招き入れ、室内を宝物庫のように輝かせていた。 本を読むには十二分の光量が確保できた。その恩恵を存分に生かして、デッカは執務机に乗せた資料を読み漁っていた。 今日も一人で飽きもせず、よくやる。 尤も、デッカには「単独で調査しなければならない理由」が有った。その制約も有って、それなりに手間や労力が必要だった。 しかしながら、調査を始めてから既に一週間ほど経っている。デッカの立場(王国第一王子)や能力(史上最大のティン)を鑑みると、いい加減手掛かりを得ても良い頃だろう。ところが、「何――だろうな?」 情けないことに、デッカには全く皆目見当も付かない状態だった。 そもそも、王都税務課から借りた資料そのものが「謎」なのだ。謎を漁っても、中から出てくるものは「謎」以外無い。 読めば読むほど、考えれば感がるほど謎は深まるばかり。デッカの脳内には「徒労」の二文字が閃いていた。「何――だろうな?」 デッカの口から、再び益体の無い愚痴が零れた。只の独り言だった。応える者などいないはずだった。ところが、「何――なのでしょう?」 デッカの独り言に「重低音の声」が応えた。 デッカのそれとは全く違う声。実際
ティン王国第一王子、デッカ・ティン。そして、王国西南端最前線を守護するアズル辺境伯の長女、リザベル・ティムル。 二人が出会ったのは、現在を遡ること十年ほど前のこと。 当時、二人は六歳。それぞれ健勝なのだから、出会う可能性は有るには有った。 しかしながら、彼我の生家は余りに遠い。膝栗毛(徒歩)など論外、馬車を使うにしても無茶が過ぎる。 何の用事が有って、こんな無茶を通したのか? 有体に言えば、「我が子のティンを誇示したい親の自己満足、或いは虚栄心を満たす為」だった。 そもそも、両家の当主達はデッカ達が0歳の頃から、二人を出会わせたくて仕方が無かったのだ。それを六年も待ったのだから、「よく我慢したね」と褒めて貰いたい。と、本人達は思っている。 六年.「諦めても良い」と思えるほどの長期間。それを耐え続けていた理由は、我が子の頭に生えた「余りにデカいティン」だった。 史上最大、空前絶後、「母体を突き破らなかったことが奇跡」と思えるほどデカいティン(ティンティン)。 ティン族ならば、羨ましがらずにはいられなかった。誇らずにはいられなかった。語らずにはいられなかった。例え王侯貴族であっても、狂喜乱舞せずにはいられなかった。 デッカの父ムケイも、リザベルの父アズルも、「世界中に知れ渡れ」とばかりに喧伝した。両家の領民達も、領主に倣って喧伝しまくった。 騒ぐ者が増えれば、必然的に声も大きくなる。 デッカとリザベルの話は、それぞれの領内に止まらず、領外へと拡大していった。 そもそも、ティンに拘るティン族が無視できる話ではなかった。王国中に広まるのに、それほど多くの時間を要しなかった。 当然、両家の親達の耳にも入った。 このときから、両家の親達の心には「全く同じ想い」がはち切れんばかりに膨れ上がっていた。「どちらのティンの方がデカいのか?」 我が子が最大なのか? それとも、あちらの子の方が大きいのか? 気になって仕方が無かった。その目で確かめずにはいられなかった。 ムケイも、アズルも、それぞれの親族も、領民も、ティン王国の全国民、全ティン族が、デッカとリザベルの出会いを希求した。 しかし、実際に二人が出会えたのは「六年後」なのだ。そこまで時間を費やさなければならない、或いは待たなければならない理由が「当時」には有った。 当時、
王立オーティン大学食堂カフェテラス。そこには生粋の王都民しか知らない「伝説」が有った。「カフェテラスで告白し、それを受けて貰えたならば、二人は結婚し、幸せな余生を過ごすことができる」 一体、誰が言い出したことか。残念ながら、その曰くを知る者はいない。説明できない以上、信ぴょう性は皆無。その伝説を他の領土(或いは都市)から来た者に話すと、首を傾げられたり、眉に唾を付けられたりした。 しかし、生粋の王都民にはメジャーな伝説だった。それを信じ、肖ろうとする者は存外に多い。 ティン王国第一王子デッカ・ティンも、その内の一人だった。 麗らかな春の日差しに照らされた野外昼食場(カフェテラス)のど真ん中でデッカは「愛の言葉」を告げた。「俺のティンを握ってくれ」 爽やかにして優しげな美声だった。それが届いた者の耳に、真綿が水を吸い込むようにスルリと染み込んだ。 史上最大のティンを持つ男の愛の言葉。例え対象が自分でなくとも、それを聞いた全ての者の心臓が「トゥンク」と音を立てて跳ねた。 その中で、一際デカい弾音――いや、火山の噴火を彷彿とするほどの「爆音」が、デッカの至近から響き渡った。 その直後、爆音の発信源から、より以上にデカい叫び声が上がった。「ななななな――何を、何お仰っておられるのですかっ!?」 デカい声だった。それを聞いた者に伝説の魔獣「ドラゴン」を想像させた。 しかし、爆音の発信源は、子どもと錯覚するほど小さな少女だった。 その少女、リザベル・ティムルは、咆哮を上げながら立ち上がった。その様子は、カフェテラスにいた全ての者に視界に映っていた。「リザベル様が立った、お立ちになられたっ!!」 「これから何が始まるの?」 「戦争――いや、この国の滅亡かっ!?」 カフェテラスにいる者の中で、正確に状況を把握している者は、当事者達を含めて一人もいなかった。 それでも、「絶望的な窮地に立っている」という最悪な現実だけは、全ての者、その本能が理解していた。 リザベルの反応次第で、全員の命が消えて無くなる。 学生達は死の恐怖に怯えながら「リザベル」という名の破壊神を見詰めていた。彼らの視線には、「助けて」と悲痛な想いが籠っていた。それを浴びたリザベルは、頭部に生えた「女性の腕ほどもあるティンティン」を振り上げて――「ごほん」
王立オーティン大学の学生食堂カフェテラス。その場所を知っている者にとって、「あそこ」、或いは「カフェ」で通じるだろう。 しかし、行ったことの無い者、初耳の者が聞いたならば、「どこだよ?」と首を捻るのも致し方無し、宜なるかな。 オーティン大学が有る場所「王都」、及び王都を要する「王領」の位置を確認したい。 先ず、王領の位置に付いて。 王領は、アゲパン大陸北東端に聳える峻険な山脈「ピタラ」麓に幅広く展開していた。 次に、王都。 王都オーティンは、王領北東端、ティン王国最奥に位置している。そこは「国王の在所」と言うことで、大量の資金、資材を投入して、最高の景観と最強の防衛機構を誇っている。 都市の地面は白い石畳、ピタラ山脈にある「ピタラ石」と呼ばれる白い石を四角く切り出し、それをたを隙間なく、定規で測ったかのように敷き詰められていた。 都市を囲む城壁もまた、雪山のように白く、高く、分厚い。それを見た者に「ピタラの一部」と錯覚させた。そのような高壁が、王都最全体と、王城の敷地の周りを二重に囲んでいる。 因みに、王都民達は最外縁の城壁を「外壁」、王城の敷地を囲む内側の城壁を「内壁」と呼称している。 外壁から内壁までの間が、所謂「城下町」。「王立オーティン大学が何処に有るか」と言うと、実は内壁の中、王城の敷地内に立っていた。 王立オーティン大学。その外観は、ゴシック調でありながら「地球の学校」を彷彿とする四角四面の長方形型。その色も真っ白――だったものが、今は汚れて灰色になっている。 そもそも、オーティン大学の歴史は古く、王国の教育機関では「最古」だった。 大学を建てた(建てるよう命じた)者が、建国の王オーティン・ティンなのだ。その所以も有って、ティン王国では「随一の権威」を誇る教育機関となっていた。 王国内で学問を志すならば、「第一志望」から絶対外せないだろう。正に「名門中の名門」。ここに入れたならば将来安泰。一家の繁栄は約束されたも同然だった。 だからこそ、王領内は元より態々他の領土から受験する者は存外に多い。その内訳は、貴族八割、一般二割。王族となれば立場上在籍必須だった。 王国第一王子(下に弟が一人)、デッカ・ティンの名前も学生名簿に書き込まれていた。 デッカが大学構内を一人で歩き回っていたとしても、誰も不思議に
ティン王国王城内にいるデッカ・ティンが、彼の許嫁リザベル・ティムルへの対応に頭を抱えていた頃、当のリザベルはと言うと、とある場所の豪華な「個室」に置かれたベッドに俯せで横たわって――「ああああああああああああっ、デッカ様っ」 枕に顔を埋めながら叫んでいた。その声がデッカの耳に届くことは無かった。しかし、二人の距離は存外に近かった。 リザベル・ティムル。彼女は、「辺境の雄」の異名を持つアズル・ティムル辺境伯の娘、二人姉妹の長女である。 リザベルの生家、アズル領は王国領西南端、モリッコロの際、隣国との国境沿いに位置していた。 デッカがいる王都までの距離は、他の領土と比べるべくもなく遠い。最長だ。 リザベルが「王都に行きましょう」と思い立ったとしても、軽々に行き来できる距離ではない。早馬を走らせて十日、天候によっては二週間ほど掛かった。彼我の生家は余りに遠い。 しかし、今やそれも過去の話。リザベルがその気になれば、デッカにかかわる情報は、「その日の内」に彼女の耳に入れることができた。 何故ならば、リザベルは今、王都に住んでいるからだ。 今春、リザベルは王領の教育機関、「王立オーティン大学」に入学した。そこに通う為、彼女は「大学女子学生寮」に住んだ。 女子寮は、嘗ての辺境伯屋敷と比肩するほど大きかった。ティンティンの色に因んで、赤褐色のレンガと、モリッコロに群生する「リョウタロ」という赤みを帯びた杉を使った、赤いハーフティンバー式の巨建造物だ。 尤も、学生が占有できる場所は、建物内の一室に過ぎない。「その点」に関しては、辺境伯令嬢と言えども例外ではなかった。 今のリザベルは「オーティン大学一年生」であった。大学に入る年齢となると、地球に於いては「十八歳以上」と言うのが一般的だろう。 しかし、惑星マサクーンに於いては「満十六歳から」というのが一般的だった。 リザベル・ティムルは未だ十五歳。同い年のデッカも、実はまだ十五歳だった。 十五歳。「子ども」と言っていい年齢だ。しかし、二人とも、他人から「年齢通り」に見られた試しは殆ど無かった。 二人は、やんごとない立場にいる人間だ。その為、人前では「傲慢」に思えるほど堂々と振舞う必要が有った。その為、二人とも二十代くらいに見られがちだった。 それでも、二人は未だ十五歳。落ち着き払っている